スイス核シェルターの歴史 第4回~
ウクライナ侵攻後

世界で最も核シェルターが普及し、核シェルターの仕様がしっかりと定められている国がスイスです。スイスは世界で最も早い時期、1963年に核シェルターを建設するための法令を定め、1966年には技術指針「TWP1966」が定められました。

以降、スイスの技術指針はアメリカをはじめ、欧米での核シェルター建設に参照されています。今回から数回にわたって、スイスの核シェルターの歴史をたどり、さらにスイスで現在巻き起こっている核シェルターに関する議論を紹介していきます。

日本でも今年度内にシェルターの基準(ガイドライン)が策定される見込みですが、スイスのシェルター建設の歴史、及び現在スイスで巻き起こっている議論を知っておくことも重要でしょう。

第4回は、第3回からだいぶ時間が空いてしまいましたが、ウクライナ侵攻後のスイスの核シェルターを取り巻く状況について解説します。

( シリーズ「スイス核シェルターの歴史」バックナンバーはこちら

「シェルター不要論」を吹き飛ばしたウクライナ侵攻

当連載の第3回は、冷戦後のスイスでは「シェルター不要論」が巻き起こり、2011年には1967年4月1日から義務化されてきたシェルター建設が義務化からはずれたことをお伝えしたところで終わりました。

(連載:第3回)

2022年2月、「シェルター不要論」を吹き飛ばす出来事が起こりました。ロシアによるウクライナ侵攻です。しかもプーチン大統領は戦術核兵器の使用を繰り返しほのめかし、今年の6月には戦術核を既にベラルーシに移動したと話しました。

それを受けて、米国バイデン大統領はロシアによる戦術核の使用は現実的であるとコメントしています。大国による侵略があること、さらに核兵器の使用される可能性が高いことが世界中に伝わりました。

余談ですが、海外、特に欧州では戦術核兵器は使用される可能性がある核兵器と考えられています。例えばプーチン大統領の「戦術核使用仄めかし発言」は武力行使事態の選択肢のひとつとして冷静に受け止められています。

たしかに、ロシアには核兵器使用する場合の原則があり、この原則に当てはまった場合は使用すると明言しています。お互いの国が全滅しかねない戦略核はともかく、戦術核は使用可能性のある核兵器として受け止められています。

さて、ロシアのウクライナ侵攻後、スイスでは「シェルター不要論」は吹き飛び、冷戦期の遺物と思われてきたシェルターが見直され、現在の改修ラッシュ、設備入替につながります。

小冊子『Shelters』

スイス政府が発刊するシェルターについての小冊子

シェルターの仕様の見直しにあたって「シェルターコンセプト」を発表

スイスの民間人保護用シェルターの基本仕様としては「TWP1984」と「TWS1982」の二つがあります。これらをベースに、「SIA(スイス技術者・建築家協会)」の仕様・要件を反映したTWK1994、及びその後継のTWK2017がありますが、TWK2017は2025年12月31日までの時限仕様となっています。現在、仕様のどの部分を変更するか、あるいは変更自体必要ないのかなどの検討が行われています。

スイス連邦政府民間人保護局(BABS/FOCP)作成の試案は関連部門に評価のために回覧されていましたが、2022年5月6日の「連邦政府軍事・民間防衛・消防会議(RKMZF)」の年次総会で否決されてしまいました。改めてBABS/FOCPでは見直しが行われ、「州軍事・民間人保護・民間防衛担当官会議(KVMBZ)」に再検討のために送付されました。この改訂版には各州からの要望が盛り込まれています。

2022年11月22日にKVMBZ会長から「核シェルターに関する考え方(シェルターコンセプト)の改訂版」をRKMZF事務局に渡され、今年の1月のRKMZFの理事会で討議され、下記の方針が決定されました。

連邦政府軍事・民間防衛・消防会議(RKMZF)の方針
  • 連邦政府民間人保護局(BABS/FOCP)のシェルターのコンセプトを計画の基本として扱う。
  • シェルターに関連する必要な法改正を遅延なく行い、その目的のためにBABS/FOCPは州政府と協力して必要な法案を作成する。

こうした議論を背景として、今年の5月1日にBABS/FOCPの各州政府への「シェルターコンセプト」という通達が出されました。

BABS/FOCP5月1日「シェルターコンセプト」

BABS/FOCP5月1日「シェルターコンセプト」

「シェルター見直し論」が高まる中、シェルター啓蒙のために小冊子を配布する

「シェルターコンセプト」の作成にあたって、BABS/FOCPは以下のような基本的な見解を出しています。

核シェルター戦略のベンチマークとして、併せて法的要件を考慮したうえで、本コンセプトはリスクを考慮し、かつ政治的・経済的に妥当な核シェルターと防護施設(コマンドポスト、医療施設を含む緊急施設)の長期的な利用を可能とするとともに、余剰の核シェルターを合理的に維持する、あるいは他の用途に転換する方法を示すものとする。

核シェルターに関する〈スイスの居住者一人につき、居住地の近辺に一箇所のシェルターがある〉という原則は引き続き維持すべきである。既存の核シェルターの価値は引き続き保持されるべきである。

スイス連邦民間人保護局の構造的、組織的な調整を背景に、シェルターの数を必要な数まで減らすべきである。引き続き保全されるべき民間人保護施設は、有用で耐久性があり、経済的で質の高いものでなければならない。

これらはどのような状況下でも利用でき、かつ真の利益をもたらすものでなければならない。これらの維持・運営のための資金(予算)は妥当なコストベネフィット比を維持する必要がある。さらに、物質面の品質のみならず必要とされる人材も重要な役割を果たす。

このコンセプトは多くの技術的背景に裏打ちされた情報を含む。各州の核シェルターの専門家が対策の意味を正確に理解することを狙っている。

医療施設用の核シェルターは別のプロジェクトで扱う。ただし、余剰の医療施設用核シェルターが再利用される場合には、本プロジェクトで取り扱うものとする。

当コンセプトはスイス連邦民間人保護局及び各州の代表によって構成される作業グループがウクライナでの武力紛争が発生する前に作成した。安全保障状況の変化を背景に、武力紛争の影響が前面に出てきてコンセプトの内容が再検討され、特に民間人用の核シェルターに関しての内容が改訂された。武力紛争に関する特記事項、対策、武力紛争の影響に関しては第一章末尾に記載がある。

当コンセプトは各州政府のニーズの計画立案の基本となるように考えられている。必要な要件の計画は2025年末までに完了させる必要がある。スイス連邦民間人保護局は順次これらの計画を承認していく予定である。同時にウクライナの武力紛争からの教訓を踏まえて、核シェルターの利用に関しての法的、技術的ベースの見直しを行うとともに、さらなる検討が必要である。

ウクライナ侵攻後、シェルターに注目が集まる中で出された見解なので、BABS/FOCPが非常に慎重になっていることがうかがえます。BABS/FOCPは各州政府向け「シェルターコンセプト」の通達に次いで、今年6月には一般市民向けに「Shelters」という小冊子を配布しました。

この内容に関しては以前5回にわたって記事にしています。

( 関連:スイス政府発行『Shelters』内容紹介 第1回、 第2回、 第3回、 第4回、 第5回

シェルター不要論からシェルター見直し論へと激しい振れ幅となっていますが、現在のスイスではシェルターに改めてスポットが当たり、古いシェルターの設備入替など、改修ラッシュが起こりつつあります。

次回は「シェルターコンセプト」について、その内容を簡単にご案内いたします。

日本核シェルター協会 事務局

この記事は役に立ちましたか?

はい いいえ