スイス核シェルターの歴史 第1回~
シェルター建設指針の変遷。「TWP1966~TWP1984~TWK2017」
2023年11月13日
世界で最も核シェルターが普及し、核シェルターの仕様がしっかりと定められている国がスイスです。スイスは世界で最も早い時期、1963年に核シェルターを建設するための法令を定め、1966年には技術指針「TWP1966」が定められました。
以降、スイスの技術指針はアメリカをはじめ、欧米での核シェルター建設に参照されています。今回から数回にわたって、スイスの核シェルターの歴史をたどり、さらにスイスで現在巻き起こっている核シェルターに関する議論を紹介していきます。
日本でも今年度内にシェルターの基準(ガイドライン)が策定される見込みですが、スイスのシェルター建設の歴史、及び現在スイスで巻き起こっている議論を知っておくことも重要でしょう。
第1回はシェルター建設指針の変遷についてです。
( シリーズ「スイス核シェルターの歴史」バックナンバーはこちら)
スイス初のシェルター技術指針「TWP1966」
ご存知の方も少なくないと思いますが、スイスでは一時期、建築物を新築する際は核シェルターの設置が義務付けられていました。たとえば、1967年から2011年まで、個人住宅を建設する際には必ず核シェルターの設置が義務として課せられていました。その結果、スイスでは人口比で100%以上の核シェルターの普及率となっています。
さて、義務化ということもあり、シェルターの仕様も定められていました。スイスのシェルターの仕様については、1963年に「民間防衛のための建設手段に関する連邦規則」が発せられ、これに基づいて、1966年に「TWP1966」が定められ、1967年1月1日に発効し、1967年4月1日以降に建設された核シェルターにこの仕様を採用することになりました。
TWP1966の発効にともない、スイスでそれまでに出されていたシェルター建設に関する各種ガイドライン、例えば戦後間もない時期に出された「防空シェルター建設のための1949年勧告」などは失効しました。TWP1966は世界的に見ても初めて体系化された民間用核シェルターに関する技術指針であり、スイスが戦後培ってきた核攻撃から防御するための技術的な知見を総結集した指針になります。
このTWP1966の影響力は非常に大きく、アメリカや欧州で核シェルター建設の際に参照されることになり、実は日本でも市民防衛協会が1971年に日本語訳を発刊しております。この日本語訳は、今年当協会が核シェルター建設のためのテキストを発行するまで、建設に関する日本語の技術的なガイドとしてはほぼ唯一の存在でした。
唯一の日本語訳「TWP1966」の表紙。当協会のテキストが出てくるまでこれしかテキストがなく、現在でも参照する研究者が多いため、日本の核シェルター研究はいまでも大きな問題を孕んでいる。
TWP1966の影響力と日本における勘違い
さて、日本語における唯一のテキストということもあり、TWP1966は現在に至るまで核シェルターの技術ガイドとして日本では参照されています。前述したとおり、当協会が会員向けに発行しているテキストが刊行されるまでは唯一のテクニカルガイドとされ、度々参照されてきました。
しかし、スイスでは1980年代に技術指針が大きく変更しています。それこそ旧耐震と新耐震くらいの違いです。背景には、1970年代のアメリカや英国における核攻撃の被害影響研究があります。
特に1977年に米国議会に国防省から出された包括的な核攻撃の影響に関するレポート『The Effects of Nuclear Weapons 3rd Edition』は世界中の核シェルターの仕様に見直しを迫るほどの影響力がありました。
そのため、TWP1966の内容はもはや過去の遺物であり、参照先としては適切ではありません。
にもかかわらず、日本では現在に至っても言及されているケースが多い。もちろん、TWP1966で表現されている考え方自体は現在まで貫かれていますし、非常用脱出口の構造などに関しては変わらない点もありますが、細かい数値はまったく異なります。
当協会のテキストはTWK2017を参照しつつ、日本の風土に適した構造を採用したガイドブックである。
わかりにくいスイスの技術指針の変遷
スイスの技術指針の流れはわかりにくい点が多々あります。というのも、たとえば現在の指針のベースとなっているのはTWP1984とTWS1982になります。この後SIA仕様を反映したガイドラインが1994年に作成され、現行のTWK2017はその系譜を引いていますが、ベースとなったTWP1984が効力を失っているかというとそうではなく、現在も有効となっています。
このあたりが非常にわかりにくい。そこで、ここでは模式的に、おおまかに記述します。ただし、その前提として、民間人保護用の核シェルターに関しては現在でも「TWP1984」が有効であり、基準になっていることは知っておいてください。
ちなみに、TWP1984は1984年2月1日に公布され、1986年4月1日に発効されました。また、TWP1984の発効にともなって、TWP1966は失効しています。
TWP1984
- 第一章:TWPシェルターに関する概説
- 第二章:シェルター建設の計画プロセスの概要とシェルターの規模を決定するための基本的な情報
- 第三章:換気、及び換気装置
- 第四章:シェルター建設に関する諸規定、核放射線及び火災に関する情報
さらに、重要なポイントとしてはTWP1966では耐1気圧(耐1バール)と耐3気圧(耐3バール)が併記されていましたが、民間人保護シェルターに関して80年代以降は耐1気圧(耐1バール)仕様となっています。
かつての耐3気圧(耐3バール)という記述は民間人保護シェルターからは消えています。現在の民間人保護用シェルターは住宅から医療機関などを含めて、構造としては耐1バールとなっています。
いまでも有効な指針がTWP1984である。TWP1966と比べると、旧耐震と新耐震くらいの違いがある。
スイスの核シェルター指針のおおまかな変遷(超ざっくりと)
では、スイスにおける核シェルターの技術指示のおおまかな変遷を模式的に記載します。なお、現在でも有効なのは1980年代に出されたTWS1982とTWP1984であり、最新の指針TWK2017は、この二つの指針に基づいて策定された「時限立法」です。この時限立法については、別の回で解説します。
①「1966 TWP」1966 Technische Weisungen für den privaten Schutzraumbau
『民間用シェルター建設に関する技術指示』
スイスだけでなく世界でも初めて体系化された民間用核シェルターに関する技術指示であり、世界中から核シェルター建設時の参考文献として参照された。
②「1977 TWO」1977 Technische Weisungen für die Schutzanlagen der Organisation und des Sanitätsdienstes
『民間防衛隊及び医療機関用シェルターに関する技術指示』
医療機関用のシェルターの技術指示である。内容はTWS1982で補完された。
③1982 TWS_1982 Technische Weisungen für spezielle Schutzräume
『特別なシェルターに関する技術指示』
既存のシェルター建設に関わる技術指示TWP_1966 及TWO_1977 での中で不足していた部分が最終的に埋められた。
病院、老人ホーム、養護施設等用のシェルターに関する技術指示である。なお、第4章は2011年12月に改訂されている。このことからわかるように、現在でも本指針は有効である。ただし、TWS 1982 の名称で以下の様に異なる仕様書が他に3本あるため、非常にわかりにくくなっている。
– TWS 1982 – 設計ルールと構造情報
– TWS 1982 – 地下駐車場のシェルター
– TWS 1982 – フィールドシェルター
④TWP1984_1984 Technische Weisungen für den Pflicht-Schutzraumbau
『民間人用シェルター建設の義務化に伴う技術指示』
このTWP1984が現在有効な基本仕様(但し、シェルターの寸法に関する章は改訂版参照)
1951 年のシェルター設置義務化に伴い技術指示が複数出されているが民間用シェルターの要件の現在有効なものであり、TWP1984の発効によって、TWP1966は失効した。
⑤1994 TWK_1994 Technische Weisungen für die Konstruktion und Bemessung von Schutzbauten
『シェルターの建設と評価に関する技術指示』
SIA(スイス建築技術者協会)仕様を反映した核シェルター建設のガイドライン
⑥2017 TWK_2017 Technische Weisungen für die Konstruktion und Bemessung von Schutzbauten
『シェルターの建設と評価に関する技術指示』
改訂版SIA 仕様の反映のデザイン・ガイドライン:2021年1月1日から施行され2025年12月31日迄の時限仕様書であり、現在次のガイドラインの策定中となっています。(『核シェルターに関する考え方 (シェルターコンセプト“Konzept Schutzbauten”)に関する議論はまた別の機会に紹介します。
以上がスイスのガイドラインの変遷に関する模式的な見取り図となります。スイスの核シェルターの指針については、上記の流れの他に、補完するためのさまざまな技術指示が出ています。
たとえば、衝撃性能を組み込むための指示書としては「TW Schock 2021」があり、TWK2017にも「TWK Weisungen Konstruktion Beemessung Schutzbauten 2017(保護構造の構造と寸法の例)」が補完するように指示書として出ています。
他にも電磁パルス対策の指南書として「TW EMP 2007」があるなど、ほぼ毎年のように補完する技術指針が出ています。しかも細かい改訂は度々あるので、連邦政府通達から目が離せません。
日本では未だにTWP1966からの引用が多いので、注意願いたいですね。第一回はこれにて終わります。