スイス核シェルターの歴史 第5回~
5月1日通達「シェルターコンセプト」

スイス連邦政府民間人保護局(BABS/FOCP) シェルターコンセプト

世界で最も核シェルターが普及し、核シェルターの仕様がしっかりと定められている国がスイスです。スイスは世界で最も早い時期、1963年に核シェルターを建設するための法令を定め、1966年には技術指針「TWP1966」が定められました。

以降、スイスの技術指針はアメリカをはじめ、欧米での核シェルター建設に参照されています。今回から数回にわたって、スイスの核シェルターの歴史をたどり、さらにスイスで現在巻き起こっている核シェルターに関する議論を紹介していきます。

日本でも今年度内にシェルターの基準(ガイドライン)が策定される見込みですが、スイスのシェルター建設の歴史、及び現在スイスで巻き起こっている議論を知っておくことも重要でしょう。

第5回は、スイスにて2023年5月1日に通達された「シェルターコンセプト」について、その背景と合わせて解説します。

( シリーズ「スイス核シェルターの歴史」バックナンバーはこちら

ウクライナ侵攻後、プーチンの戦術核使用仄めかしがシェルター見直し議論を加速!

これまで4回にわたってスイスの核シェルターの歴史をたどってきましたが、その歴史を顧みると、①前史(1951~1963年)、②ガイドライン整備初期(1963~1966年)、③ガイドライン改定期(1982~1987年)、④義務化解除議論・解除後(1990年代後半~2022年2月)、⑤ウクライナ侵攻以降(2022年2月以降)に分けられます。

このうち④に相当する期間は25年以上と非常に長いものでした。武装中立国であり、人口比で100%のシェルターの普及率を誇り、Civil Defense(市民防衛)という概念が行き渡っているスイスでさえ、核攻撃はあり得ないものと考える国民が増え、シェルターは冷戦期の遺物と見なされがちでした。

「シェルター不要論」が活発になった時期でもあります。

しかし、2022年2月、ロシアによるウクライナへの侵攻を受けて、国家間には常に武力紛争の可能性があること、大国による侵略があることが改めて認識されました。さらに、プーチン大統領による戦術核使用仄めかし発言や、ベラルーシに戦術核を移動した発言などによって、戦略核はともかく、戦術核は使用される可能性が高いことも改めて認識されました。

「シェルター不要論」は吹き飛びました。

ちなみに、日本ではあまり熱心に報道されていませんが、2023年6月にロシアは戦術核をベラルーシに移動したと発表し、それに対してバイデン大統領はプーチンが戦術核を使用することを「現実的である」とコメントしています。戦術核の使用は欧米では現実的な選択肢として考えられています。日本ではなぜか戦術核使用の可能性に関して議論自体されませんが、欧州では「いまここにある危機」とされています。

さて、こうした事態の最中、スイスでは2023年5月1日に「シェルターコンセプト」という通達が出されました。

人口比100%以下の州に充足率を満たすことを促す!?

「シェルターコンセプト」は3つのパートと参考資料及び略語一覧表で構成されています。3つのパートは以下になります。

  • 「シェルターコンセプト」の構成

  • 第1章 概念的な焦点と新機軸の概要

  • 第2章 出発点

    • 2.1 仕様と基本に関して
    • 2.2 シェルターに関して(TWP1984ベース)
    • 2.3 防護施設(〈民間防衛隊〉指揮所及び後方支援・中継施設:TWS1982ベース)
  • 第3章 核シェルターのデザイン

    • 3.1 デザイン上の共通項目に関して
    • 3.2 一般民間人保護施設シェルターに関して
    • 3.3 文化財保護施設に関して
    • 3.4 コマンドポスト(民間防衛隊指揮所)、及び物流のハブとなる施設に関して
    • 3.5 余剰となった現行シェルターの転用に関して

核シェルターに関して多岐にわたり基本的な考え方を記していますが、いくつかの論点を紹介しましょう。

まず、スイスは人口比(国籍保有者、永住権保有者)で100%以上のシェルターの普及率を誇るとはいえ、人口比で100%未満の州も、古い建物が多い都市を抱える州を中心に複数あります。シェルターの充足率を満たすことを促す表現がところどころ出てきます。

スイスはそもそも持ち家率が非常に低く、統計の取り方で異なるが、どの年であっても4割前後となっていて、基本的には州政府が用意する公共のシェルターを割り当てられるか、集合住宅の地下に設けられたシェルターに登録することになっています。

かつては事業所にも必ずシェルターを設置することになっていましたが、こちらは住宅に先んじて2004年に義務化からはずれました。しかし、数としては非常に多いので、改めて利用可能なように整備して、州の管理・割当計画に反映することを促しています。

スイスの2022年4月時点での、州別核シェルターの普及率比較

スイスの2022年4月時点での、州別核シェルターの普及率比較。古い建物が多い都市を抱える州は核シェルターの普及率が100%以下である。

古いシェルターの設備の入替を促進する

また、古いシェルターの活用も問題意識として通奏低音のように貫かれています。スイスでは多くのシェルターが築30~40年となっています。なかには築50年を超えるシェルターもあります。そのため、シェルターの設備の入替が課題となっています。核シェルターの設備の耐用年数はシュピーツ研究所で規定されていますが、ここでは次の2点を訴えています。

  • 1982年以前(40年前)に建設された核シェルターの設備は5~10年以内に入れ替えること。
  • 1982年以降に建設された核シェルターの設備であっても、40年を経過した場合は5~10年以内に入れ替えること。

また、次のような記載が見られます。

各シェルターの所有者は定期的に(少なくとも1年に1回)は換気装置を動かし、問題がないか確認する必要がある。換気装置に欠陥が見つかった場合は管轄の民間防衛隊に報告しなければならない。

当協会が今年の3月にスイスを訪問した際も、古い設備の入替や改修工事を行っているシェルターを視察しました。公園の地下に建設された医療センター(大病院)でしたが、1972年に造られたとのことですので、築51年。ガスフィルターをはじめ、設備の入替と、電磁パルス(EMP)対策を熱心に行っていました。

スイス核シェルターの大型のガスフィルター

大型のガスフィルター。これらはすべて入れ替えるとのこと。

以下のような記述も見られ、古いシェルターの再整備に腐心していることがうかがえます。

基本原則

シェルターが確実に機能するためには規定された最小要件(スイス連邦民間人保護局〈BABS/FOCP〉の技術仕様)、信頼できる品質管理(BABS/FOCPの承認)、信頼できる企業によって製造されテストされた部品・設備、及び適切な維持管理が必要である。

(中略)

最初のシェルターのデザイン(TWS1982及びTWP1984)は物理的、化学的、そして心理学的原則に則って設計されているので、現在でも避難する人々を守るという目的にかなっている。

シェルターは技術標準化の原則に基づいて造られているものとする。保護レベルと一人あたりの必要換気量を満たしている。部品・設備は堅牢に造られており、BABS/FOCPの仕様に沿ったものとされている。

上記の記述は、「シェルターコンセプト」第3章「3.2一般民間人保護用シェルターに関して」で見られます。このパートには他にも興味深い記述があり、世界中からシェルターの規格を参照されるスイスであっても、80年代前半の規格変更にともなって、混乱があったことがうかがえます。

次回はこのパートについて興味深い記述を中心に紹介していきます。

日本核シェルター協会 事務局

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