スイスに学ぶ国民向けの避難シェルター~
スイス政府発行『Shelters』内容紹介(第2回)

2023年10月17日

当協会のスイス特派員Hans Muller氏よりスイス連邦市民保護局(FOCP)から発行された『Shelters』という小冊子が届きました。『Shelters』は設計士や建設会社向けに出されているTWPやTWKなどのスイスの建築指針とは異なり、一般市民向けの全16ページで構成される平易な小冊子です。

副題に「その目的、建設、活用について」と付いているとおり、シェルターの啓蒙活動の一環として作成されている小冊子になります。全5回にわたってその内容を紹介していきますが、今回は第2回目です。( 関連:第1回、 第3回、 第4回、 第5回

スイス政府発行『Shelters』

スイス政府のシェルター整備の方針、マニフェスト

本日は最初の章「シェルター:原則と備え」と「シェルターの目的とその保護効果」について紹介します。

「シェルター:原則と備え」では次のように記述されています。

原則としてスイスの住人は誰でもシェルターに避難場所がある。今日、我々は1960年代からの目標を達成しつつある。(近隣諸国で)武力紛争が発生した場合、スイスの住人はシェルターに避難できる。

こう述べた後、ただし地域(州)によって充足率のバラツキがあることにふれています。スイスでもやはり都市部に人口が集まる現象が見られ、人口が増えている地域では人口比で充分なシェルターの数を提供できていません。こうした状況に簡単にふれて、次のように結んでいます。

(スイスでは)シェルターを建設する義務がある―特にシェルターが不足している地域、あるいは人口が増えている地域においては。しかしながら、今日我々(FOCP-スイス連邦市民保護局)の主たる関心は新たなシェルターを建設することではなく、既存のシェルターを含むインフラの価値を維持することにある。

ここは解説が必要ですね。

スイスは1967年以降、シェルターの建設が義務化されています。そのため、古いシェルターがいたるところに多数設置されています。

実は1980年代の前半にスイスではシェルターの基準を大きく見直しました。一例を出します。かつてはコンクリートの厚さの最小寸法は250mmでしたが、この基準見直しによって現在は300mmになっています。他にも全面的に見直しが図られ、日本の地震対策における旧耐震基準と新耐震基準の違いのようになりました。

ちなみに、日本語で出版されているスイスのシェルター建設基準のテキストは1966年基準の翻訳となりますので、旧基準です。注意が必要です。こうした古いシェルターが多数あるので、これらのシェルターをインフラの基盤として、補修・改修・増改築することによって改めて現代のシェルターとして利用していくことを訴えているわけです。

5日間ルールを宣言! ただし現在見直し検討中

スイス政府(FOCP-スイス連邦市民保護局)の方針を述べた後に、「非常時に備えて」というパートがはさみこまれます。

スイス当局は常に安全保障状況の推移に目を光らせ、評価している。もしスイス国内、あるいは近隣諸国で武力紛争が差し迫った時には、地方自治体はその住人に対して、予防措置としてシェルターを割り当てる。シェルターの所有者は5稼働日以内にシェルターを稼働状態にする必要がある。

(後略)

スイスには5日間ルールとも言うべき規定があります。それは非常事態宣言が出てから5日以内にシェルターに逃げ込むことができるようにするというものです。日本だとJアラートが鳴ってから堅牢な施設に避難することになっていますが、スイスではシェルターへの避難にはフローがあります。

武力行使事態の兆候を察知したタイミングで非常事態宣言が出されますが、それにともなって、避難指示が発せられます。割当計画に基づいて、避難先の通達が行われ、シェルターの所有者は5日以内にシェルターに退避できるように準備を行います。

その後、緊急集合場所を経て、レセプションセンターに行き、備蓄品等を受け取るなどしてから、防空警報に備えます。防空警報が鳴ったらいつでもすぐにシェルターに退避できるように準備することになります。この防空警報がJアラートに相当します。なお、この5日間ルールも現在見直しが検討されています。

というのも、ロシアによるウクライナ侵攻では、ウクライナが非常事態宣言を発した翌日に特別な軍事作戦演説を開始し、武力紛争が開始したため、5日間以内は長過ぎるのではないかという議論があるそうです。ウクライナが非常事態宣言を出したのが遅かったという意見もあるようでして、議論になっていますが、検討対象になっているそうです。

耐通常兵器、耐核兵器、耐生化学兵器

さて、この後に、シェルターの目的とその保護効果というパートに入ります。

●コンクリート躯体と吸排気システムによる保護
シェルターは武力紛争時における住民の避難場所である。(略)コンクリート躯体のシェルターと吸排気装置はたいていの場合の危険に対してより高い生存率を付与する。

●通常兵器に対する保護
シェルター近くへの着弾、あるいは二次的被害(飛来物による被害)に対する抵抗能力は極めて高い。しかし、通常兵器の直撃に対しては、シェルターはほとんど役に立たない。 シェルターの強固な外壁は少なくとも1㎡あたり10tの荷重(1バール)耐えることができる。また、シェルター上部の建物が崩壊してもシェルターはその負荷に耐えることができる。

●核兵器に対する保護
強固な外壁により守られているシェルターは、核兵器の攻撃の影響に対して抵抗能力は極めて高い。シェルターは爆心地に極端に近くないかぎり、核兵器の爆風、高熱、破片の飛来、衝撃波、初期放射線、放射性降下物から効果的に避難者を守ることができる。

(略)

BC(生化学兵器)に対する住民保護
NBCフィルターで外気とは遮断されているため、シェルターは生化学兵器に対しても保護能力を発揮する。シェルター内部は常に内圧が高く設定されているため、汚染された外気を遮断することが可能である。

ここでは、スイスのリスク設定が核攻撃であることが明確に述べられています。ただし、通常兵器であっても、直撃以外であれば、対抗できることが述べられるとともに、民間防衛仕様が100kN/㎡=10t/㎡の耐圧レベルであることも記されています。なお、安全保障教育がほとんどされていない日本では誤解されがちですが、民間人保護施設や民間人保護団体は爆撃など、直撃はされません。

よくシェルターを造ると狙われるのではないか? と異議を唱える方がいますが、逆です。狙われない(直撃されない)ためにシェルターに逃げ込むのです。国際法上は、保護標章を掲げる民間人保護施設や民間人保護団体は攻撃してはならないことになっています。

これは人道法であるジュネーヴ諸条約、及び追加議定書で規定されていますが、実際にロシアであっても、シェルターを狙ってはいませんし、シェルターに逃げ込むのが遅れたために亡くなっている方がいるなど、民間人の犠牲者はシェルターに避難できない方です。

なお、北朝鮮ですらジュネーヴ諸条約には加盟しています。さて、次回はスイスのシェルターの建設と装備品に関する記述になります。

日本核シェルター協会 スイス特派員 Hans Muller、事務局

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