「東京都の都営地下鉄、麻布十番駅の地下シェルター化」報道を受けて
先週、1月25日に読売新聞がスクープし、次いで他の媒体も一斉に報じた「東京都がミサイル攻撃に備えて地下シェルターを整備! 都営地下鉄麻布十番駅の構内に整備方針」という報道について、当協会のスタンスと見解をお伝えします。
日本テレビの「news every」やテレビ朝日の「グッド!モーニング」などから取材を受けて、コメントは出しましたが、テレビなのでかなり短縮して紹介されておりますので、改めて協会としての見解となります。
課題が多い既存の地下施設のシェルター化
まず、地下シェルターの整備自体は歓迎します。戦後日本の大きな第一歩だと言えるでしょう。ただし、何をもってして地下シェルターとするのか? 現在の一時避難所とはどこがどのように異なるのか? 性能設計はどのようになっているのか? どの程度の人数を収容できるのか? エネルギー源はどうするのか? など、さまざまな課題はあります。
また、東京都が先行しているように見えますが、シェルターは安全保障、防衛、国民保護に関連してきますので、東京都だけの問題ではなく、政府側と足並みをそろえて進んでいくことを願ってやみません。と言いましたが、当協会としては最初の大きな一歩ということで基本的には大歓迎です。
ただし、既存の地下施設のシェルター化に関しては、非常に多くの課題を抱えていることを指摘しておきます。
既存の地下施設のシェルター化に関しては、パッと思いつくだけでも数え切れぬほど多くの課題があがってきますが、ここでは単純化して5つの課題について述べていきます。5つの課題とは下記になります。
- 地下鉄や地下駐車場はそもそもシェルターとして利用できるのか?
- 現状の性能・仕様でシェルターに転用できるのか?
- 気密性の確保は可能なのか?
- 大きな開口部に防爆扉をどのように設置すれば良いのか?
- 非常用脱出口をどこに設けるのか?
また、この5つの課題を検討すると、なぜ報道で出ている麻布十番なのかという疑問も少しは解消できるかと思います。
世界的にはシェルターとして最も多い形態である地下鉄や地下駐車場
まず「地下鉄や地下駐車場はそもそもシェルターとして利用できるのか?」ですが、世界的には地下鉄と地下駐車場がシェルターを兼用しているケースが多々あります。というか、一般的です。最もメジャーな避難シェルターの形態と言っていいでしょう。
もともと地下に鉄筋コンクリートで造るものなので、最初の課題はクリアできています。当協会でも過去にスイスの地下駐車場が有事には核シェルターになるケースを何度かレポートしています。
( 関連記事:スイス特派員Hans Muller氏レポート)
たとえば、スイスのショッピングモールでは、ゲートを抜けて地下駐車場に入っていく際にスライド式の大きな防爆扉が設置されています。
スイスのショッピングモールの地下駐車場を利用した避難シェルター
地下駐車場の入口には大型のスライド式防爆扉が設置されている
こんな感じで、ショッピングモールやマンションなどの地下駐車場はシェルターとなっています。
また、報道でご存知の方が多いと思いますが、ウクライナの地下鉄は有事の際はシェルターになり、しかも備蓄品が貨物車に載せられて運ばれてくるなど、運用まで含めたフローがしっかりと確立されています。
ウクライナだけでなく、地下鉄がシェルターの機能を兼ね備えているケースは世界的にはメジャーです。ですので、「地下鉄や地下駐車場はそもそもシェルターとして利用できるのか?」は「YES」です。
ただし、ここで注意してほしいのがシェルターを兼用している地下鉄や地下駐車場は、一般的には新設する際にシェルターを兼用することを前提として設計されていることです。日本の地下鉄や地下駐車場は元々シェルターを視野に入れずに設計・建設されています。
ということで、次の課題が出てきます。「現状の性能・仕様でシェルターに転用できるのか?」です。
既存地下施設は現状の性能・仕様でシェルターに転用できるのか?
今回の報道を受けて、複数のメディアから質問がありましたが、その中で多かったのが「ウクライナの地下鉄は100メートルくらい地下に位置するが、麻布十番駅は地下30メートルくらいなので、ミサイルが直撃しても大丈夫か?」というものです。
しかし、これはミサイルの種類やミサイルに何を搭載してくるのかによって大きく変わってきますし、仮にミサイルに核兵器を搭載しているとしたら、出力によって外力は異なります。
そもそも、民間人保護施設は国民保護のための国際標章を掲げておけば、ミサイルの直撃は受けません。
「国民保護のための国際標章」を掲げたスイスのシェルター。
どのメディアも深さをやたら気にしており、その部分だけ切り取られたケースもありましたのでここで明言しますが、地下の深さだけではなく、深さも含めた構造全体が重要です。
地中深くなくても想定外力に耐えられる構造であれば問題ありません。たとえば原子力発電所は地上にありますが、厚さ2mほどの鉄筋コンクリートで覆われていて、ミサイルが飛来しても守れるような構造になっています。地上でも2mくらいの壁厚があればシェルターと呼べる仕様になります。ただし、そもそも想定外力をどのレベルに設定するのか? という問題もありますが…。
話を「現状の性能・仕様でシェルターに転用できるのか?」に戻します。こればかりはそれぞれの施設ごとの元々の仕様を検証しないとわかりません。ほとんどのケースで壁・天井・床のコンクリート厚や配筋量が足りない可能性が想定できます。では、その場合はどうすれば良いのでしょうか?
解決策はいくつか想定できます。例えば、ペンタゴンの外壁に塗布されているポリウレアを使用することなどが対策として考えられます。ただし、その場合でもケースバイケースで、この地下駐車場はこの程度のコンクリート厚だからポリウレアを何ミリ塗布すれば良いなど、場所ごとに調査をしていく必要があります。
ポリウレアに関しては、防衛大学校名誉教授で、防衛施設学会理事長の大野友則先生が第一人者ですので、大野先生をはじめとする研究者のお力を借りるなどして、衝撃実験や検討を重ねていく必要が出てくるでしょう。
ペンタゴン(アメリカ国防総省)の外壁はポリウレアを塗布することで補強されている
このポリウレアですが、その次の「気密性の確保は可能なのか?」という課題にもつながってきます。シェルターは爆風や熱波が入ってくる穴をふさいで高い気密性を確保し、NBCR対応の換気装置を導入する必要があります。
現状の地下鉄や地下駐車場は雨が降ると水が漏れてくるところも多く、現状のままでは高い気密性の確保は困難です。そのため、止水工事を行い、ポリウレアなどの強度を高める塗料を用いて気密性を確保する工事が必要となります。こうして気密性を確保して、爆風や熱波、さらには放射線の侵入を防ぐ必要があります。
防爆扉をどのように設置すれば良いのか?
気密性の確保という点で重要になるのが大きな開口部、ドアの部分です。シェルターは気密性を高めるために開口部をふさぐことがポイントとなってきます。そのため、爆風に耐えられるような分厚い鉄筋コンクリートの防爆扉が必要になってきます。
しかし、大規模シェルターは多くの人を救うために、大開口部を設けなくてはならない。この大開口部にいかに防爆扉を取り付けるのか?がテーマになります。
防爆扉は既製品の開き扉で1t程度の重量があり、スライド式の大型になると、数10tにもなってきます。通常はやはり分厚い鉄筋コンクリートの壁があるので、この壁にしっかりと取り付けることになります。防爆扉自体は通常は新設時にクレーンで吊り下げて設置していくものになります。
この重量がある防爆扉を既存の地下施設にどのように運び込んで取り付けるのかが大きな課題になります。ちなみに、スライド式の防爆扉はこんな感じで出荷されます。
スライド式防爆扉。ここに現場でコンクリートを流し込みます。
もうひとつの課題は非常用脱出口をどこに設置すれば良いかという課題です。実は既存の地下施設の場合はこの課題が非常に大きく、特に日本の地下鉄の場合、ビルに通じる出入口が多いため、地上の建築物が崩壊して瓦礫が堆積している可能性を考慮し、非常用脱出口の位置を検討する必要があります。
非常用脱出口だけ新設するケースも検討しておかなくてはならない可能性もあります。実は、昨晩、スイスの企業とオンラインでミーティングをしておりましたが、彼らは既存の地下施設のシェルター化に技術協力をした経験があります。アジアではシンガポールの地下鉄で行った経験があるそうです。
彼ら曰く、既存の地下施設のシェルター化は課題が多いが、不可能ではない。ただし、コストは結果的に高くなってしまう可能性がある。新設の地下鉄を計画しているのであれば、可能な限り、シェルター化を視野に入れて建設した方がコスト的にはメリットがある、とのことでした。
今回はパッと思いつく課題を挙げてみましたが、実績もありますので、不可能ではありません。東京都の大きな決断を歓迎します。