スイス訪問記~
スイス連邦アルガウ州民間保護組織(Civil Protection)取材 第3回

2023年7月25日

先般当協会理事長の池田がスイスを訪問し、スイス連邦アルガウ州の民間防衛組織トップ、国民保護調整部長のMichael Wernli氏と会談しました。本日のニュースはその第3弾、先週アップしたニュースの続きです。当協会スイス特派員のHans Muller氏によるレポートを交えての長期連載となります。

スイスの5日間ルール

「核シェルター 意味ない」議論のひとつに、〈シェルターがあってもJアラートが鳴ったらすぐに入らないと意味がない〉というテーマがあります。10分以内にシェルターに入らないと意味がないのではないか? という議論です。スイスはどのようになっているのでしょうか?

スイスでは非常事態(紛争)が迫ってきた場合、連邦政府民間人保護組織(FOCP)がシェルターへの避難の指示を出します。各州政府の民間人保護組織は自治体経由で各個人あてにシェルターの割当を連絡します。

また、シェルターの所有者(個人、建物の所有者、自治体)はシェルターを使えるように準備します。所有者はシェルター内に入っている余計なものを室外に運び出し、備蓄品をシェルター内に移動します。平和時にはライブハウスやスポーツ教室として使われているシェルターからギターアンプやドラムセット、ランニングマシンなどを運び出すことになります。

法律上は非常事態宣言が出て最大5日間と定められていますが、通常はそれ以下で搬出と搬入を行い、5日間以内にシェルターに避難することになっています。空襲やミサイルが飛んでくる兆しが見えた場合は、アラートが発せられ、ただちにシェルターに避難することになっています。大枠として法令上は上記になっています。

「特別な軍事作戦」前日に非常事態宣言

実はスイスで定められている避難方法指示は、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて見直しが入っています。ロシアによるウクライナ侵攻では、昨年の2/21にプーチン大統領がウクライナ東部のドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の独立を承認しました。

その翌々日2/23にウクライナでは非常事態宣言が出されましたが、その翌日の早朝にはプーチン大統領が「特別な軍事作戦」というものを発表しました。およそ30分足らずの演説の後、2時間15分後にウクライナの首都キーウに空襲警報が響きました。非常事態宣言を発してから紛争に至るまでの時間が1日と、あまりにも短かったため、見直しが入っているというわけです。

ちなみに、ウクライナ侵攻は戦争ではなく、あくまでも「特別な軍事作戦」であり、紛争になります。前々回少しだけ説明しましたが、武力行使の際にもやっていいこととやってはいけないことがあります。

たとえばロシアがウクライナのインフラを攻撃して、世界中から非難されましたが、その際、ロシアが近くに軍事目標があったからだと言い張っているのも、国際人道法を守っていますよ、というエクスキューズをつけているためです。

何でもありのように見える武力紛争であっても、ルールがあります。保護標章をつけたシェルターや民間人を保護する部隊を狙ってはいけないことになっています。ただし、今回のウクライナ侵攻は空爆まであまりにも速い展開だったので、スイスでは5日間ルールの見直しをかけています。

民間防衛に重要なハードとソフト

さて、実際に避難指示が出た場合、民間人保護組織はどのようなことをするのでしょうか?シェルターの割当を連絡した後、高齢者や病人など、サポートが必要な方に寄り添って、移動を手伝うことになっています。

シェルターから脱出する場合のサポートも民間人保護組織が担います。また、公共のシェルターにはコマンドポストという民間人保護組織の事務所が設けられる場合が多く、コマンドポストにこもって、避難した人を誘導したり、ケアすることになります。

シェルターの割当と記しましたが、スイスの場合、例えば持病がある人に対しては、ホームドクターと一緒に避難するシェルターが定められています。また、大型のシェルターには発電機がありますが、発電機を操作する人、あるいは換気設備の担当者など、シェルターごとに設備を担当する者が定められています。

核シェルターというハードだけでなく、運用を担当するソフトも定められているのが最大の特徴となります。民間防衛にはハードとソフトの両者が必要であることは知っておいていただきたい点です。

スイス核シェルター設備

スイスではシェルターごとに有事の際に設備を担当する者が定められている。

日本核シェルター協会
スイス特派員 Hans Muller、事務局

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