スイス以外の中欧諸国の核シェルター事情

当協会のニュースで何度かお伝えしているように、冷戦後、スイスでも「シェルター不要論」が主流となっていたが、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、「シェルター不要論」は吹き飛び、古いシェルターの整備や設備の入替、電磁パルス対策の導入など、「シェルター見直し論」が強まっています。

スイスの場合、1970~80年代に建てられた古いシェルターが多く、設備が古くなっていたり、電磁パルス対策を施していないケースも多々あります。また、旧基準にて建設されたシェルターもあるので、整備や改修等が急速に進められています。

スイスは元々シェルターの整備が義務化され、人口比で100%以上というおびただしい数のシェルターがあるので、このような対策が講じられていますが、欧州の他の国々の状況はどうなのでしょうか? そもそもシェルター自体、整備がされているのでしょうか?

そこで、スイス周辺の欧州の国々のシェルター事情について、今回は記事にしてみます。

オーストリアのシェルター

オーストリアのシェルター

スイス以外の欧州の国々の核シェルター動向

まず、前提となりますが、『民間防衛』組織に関する国際組織として『International Civil DefenceOrganization (ICDO)』があります。本部はジュネーブに置かれています。

この組織はもともとは1931 年にパリで設立された『Les Lieux de Genève』が母体になっています。1949年8月のジュネーブ協定(成立にともなって、1951年スイスのローザンヌ市のサポートを得てNGO組織としてローザンヌ市に移転。その後1975年に国連の機関となりました。

ただし、日本をはじめ、欧州の国々はスイスを含めて加盟していません。中国やロシアは加盟していますが…。

さて、報道等でご承知の方も多いと思いますが、北欧は中立国が多いということもあり、シェルターの整備が進んでいます。また、ウクライナをはじめとする旧ソ連では冷戦期にシェルターを数多く設けていました。

ロシアによるミサイル攻撃や空爆の影響で地上の建物がことごとく崩壊しているにもかかわらず、多くの市民が救われたのはシェルターが存在していたからです。ウクライナ侵攻の報道でご存じの方も多いかと思います。

では、スイスと同様のドイツ語圏であるドイツ、オーストリアの事情はいかがなのでしょうか?

冷戦後はシェルター不要論が主流。シェルターを民間に売却も多数!

スイスの場合は管轄がスイス連邦国防・民間人保護・スポーツ省であるのに対して、ドイツもオーストリアも管轄は内務省です。ドイツはBundesministerium des Innern und für Heimat (BMI)、オーストリアはBundesministerium für Inneres (BMI)。

ただし、オーストリアでは核シェルターの建設等に関する案件は Bundesministerium für Digitalisierung undWirtschaftsstandort (BMDW) 連邦デジタル化および企業立地省の管轄となっています。

いずれの国の場合もスイスとは異なり、活動の中心は自然災害・社会インフラの事故対応に重点が置かれてきました。特に冷戦後、核戦争対策を中心とする対武力紛争から、軸足が自然災害、社会インフラの事故対策(特に福島原子力発電所の事故以降)、難民対策に移りました。

実は、スイスにおいても、冷戦後は対武力紛争よりは自然災害、社会インフラの事故への対策に関心が移りつつありました。特に2010年からスイス政府は不要と考えられるシェルターの民間への売却を進め、データセンターとして利用されるケースなどが出てきました。

ただし、ウクライナ侵攻後、スイス国内で高まってきた「シェルター見直し論」を受けて、2023年9月に売却を停止することを決めました。

話はそれますが、世界的にはデータセンターはシェルター化される方向にあり、実際、冷戦期にシェルターとして建設された構造物をデータセンターとして使用しているケースはよく見られます。いまやデータは人命と並ぶほど重要な位置づけですので、当然の潮流です。

なんと冷戦後に維持・管理を放棄! すぐにはシェルターが使えない!?

話をドイツとオーストリアに戻します。ドイツもオーストリアも実は公共のシェルターはそれほど多くありません。そのため、今後民間人保護対策に相当な投資と時間をかけないと、本来必要とされるレベルにまで到達できないのではないかといわれています。まず、初期警報用のサイレンの設置数を比べてみましょう。

ドイツでの設置数は2017年の時点で約15,000基(ドイツの人口は8,440万人)、オーストリアは2022年で約8,000基(オーストリアの人口は890万人)、スイスは2023年で7,200基(スイスの人口は2023年に900万人超)となっている。

人口1万人あたりドイツは1.7基、オーストリアは9.0基、そしてスイスが8.0基となっています。(場所にもよるが大体人口1万人当たり8〜9基のサイレンが必要と考えられている。)

公共用核シェエルターの数ですが、ドイツは599基(収容人数約50万人とされている)とも620基とも言われています。しかし、2009年に維持・管理が放棄されているので、すぐに使用可能な核シェルターは存在しないと言われています。

冷戦時代には2,000基を超える公共核シェルターが存在したそうですが・・・現在ドイツ連邦内務省民間人保護局局長ラルフ・ティースラー(Ralph Tiesler-Präsident des Bundesamtesfür Bevölkerungsschutz und Katastrophenhilf)氏に対して、現状調査と報告が求められているそうです。※1

これ以外には個人用の核シェルターも存在しますが、正確な数字は明確には把握できていません。大多数はババリア州とバーデン・ウイッテンバーグ州に存在するといわれています。また、ベルリンには現在まで維持・管理されている核シェルターが3基存在しますが、これは例外です。

※1『ドイツ及び一部の国における民間人保護の現状 Zivile Schutzbauwerkein Deutschland und in ausgewählten Staaten (2022.06.03) – ドイツ連邦議会』の調査データによれば:1959年から1997年にかけて旧西ドイツ連邦には約2,000基の公共の核シェルターが存在しました。現在599基の公共核シェルターが存在。これらとは別に個人所有の核シェルターが約9,000基存在するが、2009年以降シェルター・コンセプトが放棄された事により維持・管理されておらず、現在非常用核シェルターとしては使えないとみなされています。また、核シェルター建設に関する法規(『Gesetz über bauliche Maßnahmen zum Schutz der Zivilbevölkerung (Schutzbaugesetz) vom 9. September 1965,1965年9月9日付、民間住民を保護するための構造的措置に関する法律(建築保護法)』は存在しますが、核シェルターの建設を義務付ける項目は現在に至るまで発効していません。

オーストリアに関しては数字が見当たらないが雑誌の記事で充足率4〜5%とするデータがあります(2018年)。また、『ドイツ及び一部の国における民間人保護の現状 Zivile Schutzbauwerkein Deutschland und in ausgewählten Staaten (2022.06.03) – ドイツ連邦議会』のデータによれば、現在のオーストリアでは核シェルター建設、維持・管理を義務づける法律、条例は存在しません。

Wirtschaftsministerium経済省が核シェルターの技術基準を制定・発行を独占的に行なっていますが、最後に改訂が行われたのは1995年です。現在シェルターの建設や維持・管理を担当する部門・部署は省内に存在しません。ただし、現在でも約150,000 人収容可能な規模の基本的性能を持った核シェルターが存在すると推定はされています。

これに対してスイスは核シェルター数で約37万基(内、公共用大型核シェルターは、約2,300基))、収容人数で約930万人分(充足率全国平均107%)となっていますので、格段の差がついています。

ただし、ドイツもオーストリアも冷戦期にシェルターの建設や関連法規は整備されていました。そのため、ただちに使用することができなくとも、整備や設備の入替、改修等を行うことによって、対策することは可能です。その点がゼロベースからシェルターの整備を進めなくてはならない日本とは事情が異なります。

日本核シェルター協会 事務局

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