【スイス核シェルター視察報告】普及率100%を超える先進国の本質と日本への示唆

スイスの地下駐車場に並ぶ換気装置
2025年5月、当協会は、会員および理事・顧問によるスイス核シェルター視察ツアーを実施いたしました。核シェルター普及率100%以上という世界最高水準を誇るスイスを訪問し、各施設の実情を確認してまいりましたので、ご報告いたします。
日本を取り巻く安全保障環境が一層緊張を増す中、日本政府は先島諸島から国民の命を守る地下シェルターの整備を進めています。今回の視察は、スイスの核シェルターにおける設計・構造・運用体制や平時利用の実態に触れ、今後の国内整備の一助とすることを目的としています。
スイスの中核をなす研究機関パウルシェラー研究所
スイス連邦工科大学の傘下にあるパウルシェラー研究所は、スイスの研究体制の中核を担う国際的な研究機関です。今回は、一般には非公開である原子力安全に関する大規模な熱水力試験施設「PANDA」の見学が実現しました。
PANDA施設では、EUやOECDによる国際プロジェクトの一環として、世界各国の機関と連携した研究が進められています。事前に、当協会顧問で原子炉工学を専門とされる奈良林 直教授(東京科学大学特定教授、北海道大学名誉教授)に、原子力災害のリスクについてご説明いただいたこともあり、災害に備える科学的アプローチの重要性を再認識しました。

足場が組まれるほど大きな建屋であるPANDA施設
なお、こちらの研究所内にも核シェルターが備えられており、非公開とのことでしたが、特別に入口部分のみ見学が許可されました。主に医療目的が想定されているとのことでした。

奥には赤十字マークが貼られた重厚な防爆扉
スイス市民防衛庁協力による核シェルター視察
スイスの民間防衛政策の策定・実施を行う市民防衛庁(BABS)の協力のもと、行政機関用の核シェルターを訪問しました。詳細な所在地は公開できませんが、BABS関係者による丁寧な案内を受けました。

コマンドポストの核シェルター侵入路
こちらは有事の際にいわゆるコマンドポスト(指揮所)の役割を果たす施設です。比較的新しい設備を備え、食堂やシャワー、司令室などの各室が整然と配置されていました。大型換気装置やポータブル発電機、EMP(電磁パルス)対策の施された配電盤など、最新の防災技術が随所に見られました。

EMP(電磁パルス)対策の施された配電盤

換気装置は大型で手動用クランクも数名で回すほど
視察後には、BABSによるスライドを用いたプレゼンテーションが実施され、スイスにおける民間防衛の歴史的背景や法体系、シェルターの種類や整備状況について学ぶことができました。また、軍や民間用のシェルターの他に、文化財・公文書専用のシェルターが存在することも明かされ、その数は約320カ所に上るとのことで、スイス政府の徹底された対応に驚かされました。
スイスの商業施設における地下駐車場核シェルター

地下駐車場兼核シェルターの進入路
閑静な住宅街でありながらホテルやレストランが立ち並ぶ商業エリアを訪れると、その地下に設けられた駐車場が核シェルターとなっていました。日本でもよく見かける地下駐車場の構造ですが、これまでのスイス視察では見かけなかった水密扉を進入口で確認することができました。

水密性能を備えた防爆扉
さらに奥に進むと、スライド式の防爆扉や建屋への入り口にも防爆扉が確認できます。この入り口の防爆扉にはセーフティシステムが付いていました。これは、脱出の際に瓦礫などで扉が開けられない場合、六角レンチを回すことにより、ジャッキのような効果で隙間を確保することが可能となり、そこから脱出ができるという工夫が凝らされているのです。

セーフティシステムが付いた防爆扉(中央黄色の部分)
大きな施設であることからガスフィルターも大型のGF600(1時間あたりの換気量600m³/hに対応)が設置されていました。スイスの核シェルターは第二種換気を採用していますので、大型の施設における換気の取り回しを確認できたことは大変貴重でした。

大型のガスフィルターGF600
また、シェルター内にあるトイレも普段からホテル客用として使用されており、非常に清潔に保たれていました。これは平時利用されていることのメリットの好例だと考えます。
ゾンネベルク核シェルター

7回建ての巨大な核シェルターの階段
これまで当協会が実施してきたスイス視察でもたびたび紹介してきた「ゾンネベルクの2,000人収容核シェルター」は、ケーススタディとして非常に参考になる点が多く、今回の視察コースにも組み込まれました。
この核シェルターは、一般車両が通行する全長1,550mの2本のトンネルに交差するように建設されており、建設当初は2万人の収容が想定されていた巨大シェルターです。しかし、1987年のチェルノブイリ事故を受けて実施された大規模演習により、実際の避難には時間を要することが判明し、現在は2,000人規模に縮小されたものです。

全体図:2つのトンネルが貫通していることが分かる
というのも、スイスでは非常事態宣言が出てから5日間以内に避難するルールがあり、いくら収容力があったとしても、この期間内に避難できなければ意味がないという判断であったようです。これは今後の日本における整備計画にも参考とすべき視点でしょう。
核シェルター内には、コマンドポストや調理施設、病院、さらには刑務所まで、住民の生活を支えるさまざまな機能が備えられています。今回の見学で要した歩行距離が約3㎞になるほどで、その規模の大きさに圧倒されます。

膨大な量のガスフィルターが並ぶ

刑務所:治安維持も重要な課題である
スイスの市⺠防衛博物館

シェルター内の手術室再現展示
スイス市民防衛博物館では、冷戦期の民間防衛の歩みを展示しており、市民の防衛意識と実際の備えがどのように育まれてきたかを肌で感じられる貴重な施設です。第2次世界大戦中の通信機器や手術室が展示されており、戦時下におけるシェルター利用の様子が伺えます。
自転車式の発電装置という珍しい展示がありました。実際に体験できるようになっており、シェルター避難時に想定される生活環境について、具体的な理解を得ることができます。

自転車式の発電装置を体験できる
シェルター設備の認証機関 シューピッツ研究所
シューピッツ研究所は、スイス連邦政府民間人保護局(BABS)直轄の研究機関であり、核シェルター設備・部品の認証・基準作成を行う国際的な研究所としても知られています。化学兵器禁止機関による永久認定を受けた世界5研究所のうちの一つです。

国際的な研究機関である シューピッツ研究所
今回は主に性能評価部門を中心に見学し、研究所の方々による説明に加え、質疑応答の機会も設けていただきました。日本国内でも現在、シェルター設備の国産化が進んでおり、今後この流れはさらに加速すると見込まれます。そのためにも、明確な基準を策定し、製品に対する性能評価を行う国内の専門機関の整備が不可欠と考えます。
スイス連邦国防省軍備局(EMP研究施設)
現在、世界的な問題となっているのがEMP、いわゆる電磁パルスです。高高度核爆発や太陽フレアによって引き起こされる電磁パルスは、重要インフラを機能不全に陥らせ、多くの人命に影響を及ぼすおそれがあることから、各国がその対策に取り組んでいます。今回はこの電磁パルスの研究が進められているスイス連邦国防省軍備局を視察することができました。
電磁波発生装置やシールドを見学し、衝撃実験装置を実際に作動させながら、実地に基づいた説明を受けました。この電磁パルスへの対策方法はすでに確立されているものの、その導入にはかなりのコストがかかります。この後お伝えする医療施設では、重要度に応じてEMP対策を行っている設備とそうでない設備で、優先順位をつけた対応をしているようです。


モンテナ社の電磁パルス試験システム
このEMP対策は世界各国で進められている一方で、日本においては要素技術に優れた知見はあるものの、その対策は遅れており、喫緊の課題となっています。これについては先般、シェルター議員連盟へ改めて報告をし、議員連盟として石破総理へ提言書が提出されたところです。
スイスの核シェルター設備メーカーAndair AG社
世界有数の核シェルター設備メーカーとして有名なスイスAndair AG社の本社を訪問しました。同社と当協会は、協会発足当初より関係があり、現在は包括的な提携関係を築いています。同社は世界中の地下鉄・地下施設のシェルター化に技術協⼒しており、今後日本で進められる既存地下施設のシェルター化において、同社がこれまでに培われた知見や技術が大いに参考になるものと考えています。

スイスAndair AG社の本社
今回は工場見学に加え、同社が手がけた病院シェルターの現地視察も実現しました。当該施設は非公開のため詳細は限られますが、病院シェルターは有事においても医療機能を維持することを目的としており、他の施設とは異なる重要施設として、独自の位置づけがなされています。
現地では、Andair AG社のリエド社長より換気装置に関する直接のご説明をいただきました。さらに、重要施設ということもあり、配電盤にEMP対策が施されていることも確認できました。
最後に
視察の終盤には、在スイス日本大使館にて、藤山美典 駐スイス日本国大使を表敬訪問させていただきました。現地の最新情報をご共有いただくとともに、当協会の活動内容についてご報告することができ、今回の視察の意義をより一層深める貴重な機会となりました。
今回の視察を通じて改めて強く印象に残ったのは、スイスの核シェルターが単なる設備として存在するのではなく、制度や教育、国民意識といった複合的な基盤によって支えられているという点です。
直接民主制を採用しながらも皆兵制度を維持する姿勢には、国家の安全保障に対する国民の理解と主体的な関与が社会に根付いていることが表れており、スイスと日本との根本的な違いを感じさせられました。
我が国が今後シェルター整備を進めていく上では、基準の策定や技術の発展に加え、国民の理解と意識の向上が欠かせない要素であると認識させられました。
今回の視察を通じて得た知見は、今後の国内議論や政策提言に活かすとともに、引き続き国民の理解促進に向けた啓蒙活動にも取り組んでまいります。