フィンランド・エストニア 核シェルター視察報告 ― 有事への備え、その最前線を訪ねて

日本核シェルター協会は、2026年6月15日〜6月23日の9日間、会員の皆様とともにフィンランド・エストニアへのシェルター視察ツアーを実施しました。
シェルター先進国であるフィンランドと、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、市民保護政策を大きく転換したエストニアを訪問し、最先端のシェルター技術や運用体制、危機管理政策を視察しました。日本がこれから本格的なシェルター整備を進める上で、多くの示唆を得る機会となりましたので、本記事ではその概要をご報告します。
(関連記事:シェルター先進国フィンランドの実情を知り、日本のシェルター整備の未来を考える「日本核シェルター協会フォーラム2024」を開催!)
研究施設の機能を兼ねるフィンランドの岩盤シェルター
視察初日から重要な施設を視察することができました。世界中に1,000以上のラボを持つ国際的な第三者検査機関「ユーロフィン」が運営する、極めて珍しい岩盤シェルターです。
地下深く40mに位置し、有事の際は5,500人を収容できる大規模なこのシェルターは、平時は研究・テスト施設として機能しており、フィンランド国内で使用されるシェルター製品のすべてがここで検査されています。

入り口は素掘りのようなゴツゴツとした岩盤
耐爆性能試験では、爆薬は一切使用せず、コンプレッサーで圧縮空気を送り込み、先端に取り付けたフィルムを風圧で破裂させることで、実際の爆風に近い衝撃波を再現しています。
このような厳格な試験を経て、性能基準を満たした製品にのみ認証が付与されます。フィンランドの認証は世界でも特に厳しいことで知られ、「フィンランドの基準をクリアすれば、世界のどこでも通用する」と評されるほど高い信頼性を誇ります。
ロッキパーク、フィンランディアホール 岩盤シェルター

ロッキパークの岩盤シェルター
フィンランドでは、床面積1,200㎡以上の建物にシェルター設置義務があります。今回、用途や規模に応じた多様なシェルターを視察することができました。そのうちの一つがロッキパーク(Rokkiparkki)の岩盤シェルター。平時は駐車場として運用され、上階に暮らす住人用の共同シェルターとなっています。
内部は4,500人ずつ2つのエリアに分かれ、計9,000人を収容可能。住民には入居時に避難計画が配られ、リーダー選任やマニュアル配布の仕組みがあります。

耐圧6バールの大型防爆バルブ
さらに、フィンランド・ヘルシンキにある芸術施設で、世界的建築家アルヴァ・アールトの代表作「フィンランディアホール」に整備された岩盤シェルターを視察しました。施設本体は9バールの耐爆性能を備え、防爆扉はそれを上回る高い耐圧性能を有しています。ここでも、平時は駐車場として活用されるデュアルユースが実現しています。

フィンランディアホールに整備された岩盤シェルター

NATO仕様のスチール製防爆扉
この日は視察後、世界有数のシェルター企業であり、当協会の特別会員でもあるフィンランドのTEMET社を訪問しました。同社におけるシェルター設計の基本原則や構築における考え方、日本でのシェルター整備に向けたアドバイスなど、非常に有意義なプレゼンテーションを受けることができました。

TEMET社でプレゼンテーションを受ける
エスポ―地域 大規模な共同岩盤シェルター

民間が共同で管理する大規模岩盤シェルター
視察3日目は、ヘルシンキに隣接するエスポー地域を訪問しました。こちらには民間が共同で管理する、約5,000人収容の大規模な岩盤シェルターがあります。築56年という長い歴史を持ちながら、現在も現役のシェルターとして運用されています。
こちらは18バールという極めて高い耐圧性能を備えていますが、強度の追求そのものを目的として設計されたわけではなく、結果としてこの性能に至ったとのことでした。近隣に科学技術研究所が立地していることも、その背景の一つではないかという説明を受けました。

非常に珍しい「くし形」の防爆扉

スケールの大きさが分かる一枚
シェルターのオペレーションと維持管理体制についても説明を受けました。シェルターを適切に運用するためには、収容者100人につき1人の訓練を受けたオペレーターの配置が必要とされており、本施設では民間職員がその役割を担っています。
防爆扉はシェルターごとに重量や開閉時の感覚などの特性が異なるため、それぞれの施設に応じた実践的な訓練を継続的に実施しています。また、毎年の定期点検に加え、10年に一度の大規模点検を行うなど、設備の安全性と信頼性を長期的に維持する体制が確立されています。
施設の性能だけでなく、それを支える運用・維持管理体制の重要性についても、多くの学びを得ることができました。
ヘルシンキ民間防衛博物館見学・Pekka Kyrenius博士によるブリーフィング
続いて、ヘルシンキ民間防衛博物館を見学。フィンランドの民間防衛の豊かな歴史や基本理念(ドクトリン)、シェルター整備・運用の変遷について学びました。館内には、防護機器や設備の実物展示、実物大の歴史的レプリカや模型が数多く展示されており、時代とともに進化してきたシェルター技術や構造を体系的に理解することができました。

1930年代半ばに開発された換気装置
見学後には、VSS Shelter systems Ltd(ヘルシンキ)のCTOであり、当協会の国際技術顧問でもあるPekka Kyrenius博士による「シェルターの維持管理・点検・改修」をテーマとしたブリーフィングを実施しました。長年にわたりフィンランドのシェルター整備に携わってきた経験をもとに、シェルターの維持管理体制や定期点検、改修の考え方について解説いただきました。
参加者からは、日本ではまだ十分に共有されていない実践的な知見に触れることができ、大変参考になったといった声が寄せられ、大変有意義な時間となりました。

Pekka Kyrenius博士によるブリーフィング
エストニア内務省 危機管理・市民保護の取り組み
視察4日目となるこの日は、早朝からフェリーでエストニアの首都タリンへ渡り同国の内務省を訪問。危機管理・市民保護担当者から、エストニアの最新の防衛・防災方針の説明を受けることができました。

内務省の危機管理・市民保護担当副次官トゥーリ・ライム氏による説明
同国でも大きな方針転換のきっかけとなったのが、ロシアによるウクライナ侵攻です。以降、政府は重点分野として、早期警報システム(EE-ALARM)、大規模避難、備蓄、シェルター整備に力をいれており、それまでの一般的な「市民保護」から、戦争を想定した対応へとパラダイムシフトが起きたといいます。
政府はあえて「戦争(WAR)」という言葉を用いて危機意識を明確に示し、各種対策を急ピッチで進めています。さらに、「自力で生き残れる市民」の割合を2023年の15%から2027年までに40%へ引き上げるという戦略目標を設定していることからも、国全体で危機への備えを最優先課題として位置付けていることがうかがえます。
エストニアでは現在、約22万4千人(人口の16.3%)を収容可能な公共シェルター約261か所が整備されていますが、さらなる収容能力の拡充を目的として、2026年7月1日からは延床面積1,200㎡以上の新築建築物に対し、シェルターの設置が法律で義務付けられました。
エストニアの避難施設を視察

建設中の危機管理アカデミー学生寮
実際に建設中のシェルターを視察することができました。エストニア危機管理アカデミーの学生寮で、地下部分のみ鉄筋コンクリート造、それ以外の地上部分は木造というハイブリッド構造でした。シェルター部分は、ロシア軍が使用するS-300ミサイルが着弾した場合でも、爆心地から250m離れていれば耐えられる設計となっています。

地下部分のみ鉄筋コンクリート造
続いて、旧ソ連時代に建設された集合住宅のシェルターを視察。こちらは、既存の地下物置をシェルターにリノベーションした事例となります。内務省が主導する「アパート地下室を避難所に改良するパイロット事業(全26棟)」の一環で、リノベーション費用は約1,200万円(2部屋分)ほど。
視本格的なCBRNE対応の換気装置ではなく、一般的な換気システムを採用し、現実的なコストで実現するシェルター整備の事例と言えます。

集合住宅の既存地下スペースをシェルターとした事例
もう一つ、中世に建設された地下トンネル網「Bastion Passages」を視察。第二次世界大戦中には実際にシェルターとして使用されていた歴史がある要塞通路で、現在は博物館として公開されています。
厳密な意味での現代的シェルターではなく、素掘りで掘り進められた通路といった趣。そのため、耐爆性能などの具体的なデータはなく、施設全体が防空壕のような構造になっています。

現在は博物館として利用されている中世の地下トンネル網
ナルバ(Narva)の国境検問所を訪問
最終日は、ロシアとエストニアの国境都市であるナルバを訪問しました。ナルバ川に掛かる橋が国境となっており、対岸には中世の要塞「イヴァンゴロド」がそびえ立っています。
エストニアへの一般ビザでの入国はほとんど拒否されており、ロシアへの入国は、欧州パスポートやエストニアビザ保有者であれば自動検問でスムーズに入国可能とのこと。ロシアによるウクライナ侵攻以降、元々は1日16,000人の移動があったが、現在は2,000人に激減。戦争の影響を直接的に受けている地域と言えます。

ロシア側(写真左)には中世の要塞「イヴァンゴロド」が見える。
最後に
今回の視察では、ロシアによるウクライナ侵攻の影響を受け続ける両国の現状を目の当たりにし、地政学的背景は日本とは異なるものの、日本も決して例外ではないという危機意識を改めて強く持ちました。
一方で、日本はシェルター整備がこれから本格化する段階にあるからこそ、スイスやフィンランドなどの先進事例を参考にしつつも、その基準をそのまま導入するのではなく、日本の建築事情や地盤、気候などに適した「メイド・イン・ジャパン」の高水準なシェルターを開発・整備できる大きな可能性があります。
今回の視察で得られた知見を関係各所と共有するとともに、日本の実情に即したシェルター整備の実現に向け、引き続き取り組んでまいります。

